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東京高等裁判所 昭和42年(う)2182号 判決

控訴人・被告人 斎藤富三男 外四名

弁護人 小林勝男 外一名

検察官 丸物彰

主文

原判決を破棄する。

被告人斎藤富三男、同浅野忠雄を各懲役二年に、被告人水野憲司を懲役一年六月に、被告人平田久男、同高見沢昭を各懲役一年に各処する。

原審における未決勾留日数中、被告人斎藤富三男に対し五〇〇日を、被告人水野憲司に対し一五〇日を、被告人浅野忠雄に対し三〇〇日を右各本刑に算入する。

被告人水野憲司に対し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる偽造の矢部兵司名義の登記申請委任状、同抵当権設定登記申請書、同水野武雄他一名名義の保証書以上各一通(以上は、千葉地方裁判所昭和三九年押第六号の(一)、当裁判所昭和四二年押第七一一号の一)、同小高訓爾名義の抵当権設定金銭消費貸借契約書一通(同押号の(三))、同同人名義の登記申請委任状、同抵当権設定登記申請書以上各一通(以上は、同押号の(四))、同大木庫司名義の登記申請委任状、同抵当権設定登記申請書以上各一通(以上は、同押号の(五))、同大木庫司名義の登記申請委任状、同土地所有権移転登記申請書以上各一通(以上は、同押号の(八))、同沢井久太郎名義の登記申請委任状、同土地所有権移転登記申請書以上各一通(以上は同押号の(一五))、同沢井久太郎名義の登記申請委任状、同土地所有権移転請求権保全仮登記申請書以上各一通(以上は、同押号の(一六))、同大木庫司、水野武雄名義の保証書、同小倉キミ他五名名義の登記申請委任状以上各一通(以上は、同押号の(二〇))、同小倉真吉(親権者母小倉キミ)名義の登記申請委任状一通(同押号の(一九))、同北川英男、浅野アキ名義の委任状、同土地所有権移転登記申請書以上各一通(以上は、同押号の(二二))はいずれもこれを没収する。

原審における訴訟費用中、昭和三九年一一月一八日出頭の証人加藤孝、同大木勲に各支給した分は被告人水野憲司、同浅野忠雄両名の連帯負担、昭和三九年八月一五日出頭の証人中岡真、同鈴木治夫、同大野喜平に各支給した分、同年一一月一八日出頭の証人大野喜平に支給した分、昭和四〇年四月三日出頭の証人沢井久太郎に支給した分は被告人斎藤富三男の負担、昭和四〇年四月一〇日出頭の証人川島義通に支給した分、同年同月二一日出頭の証人渡辺要吉に支給した分(金一、二七二円)、同年同月二七日出頭の証人大木庫司、同大木勲に各支給した分は被告人平田久男、同高見沢昭両名の連帯負担とし、当審における訴訟費用中、証人藤田春男に支給した分は被告人浅野忠雄、同平田久男、同高見沢昭三名の連帯負担とし、証人高橋好夫に支給した分は被告人浅野忠雄の負担とし、証人沢井久太郎に支給した分は被告人平田久男の負担とする。

被告人浅野忠雄に対する原判示第七の(二)の(2) 摘示の詐欺の事実(同被告人に対する昭和三九年一二月一九日付起訴状記載の第二の(二)の詐欺の公訴事実)につき、同被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、被告人斎藤富三男の弁護人桑名邦雄、被告人水野憲司の弁護人三谷堅志、被告人浅野忠雄、同被告人および被告人平田久男の各弁護人小林勝男、被告人高見沢昭の弁護人加藤庄市の作成にかかる各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用し、これらに対し当裁判所は次のとおり判断する。

被告人浅野忠雄の弁護人小林勝男の控訴趣意第二点の二および被告人平田久男の弁護人小林勝男の控訴趣意第二点の一について。

所論は、被告人浅野忠雄に対する原判示第七の(二)の各事実につき、原判示北川英男の亡父英三郎所有の二筆(一二八坪と三〇坪)を自己に領得する目的で、「坪当り一〇〇万で売買契約をすること」、「資金を出す人に見せる」ことを欺罔手段として、右北川英男を誤信させ、同人の印鑑証明書、委任状などを交付させ、原判示宅地一二八坪を右北川英男名義に保存登記したうえ、右北川より浅野アキに売り渡した旨の登記に要する委任状、土地売渡証書などを偽造し、これらを登記官吏に提出し、土地登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、同日同所に備え付けさせて行使し、よつて右宅地一二八坪を騙取し(原判示第七の(二)の(1) の事実)、ついで、原判示宅地三〇坪につき、これを右被告人らの債権者である原判示李允王に対し、原判示債務の代物弁済として右宅地を譲渡する旨の意思表示をなし、同人を通じ、右代物弁済による所有権移転登記を前提として、登記官吏に、右宅地を北川英男から浅野アキが買い受けたごとき売買による所有権移転登記手続をさせ、その登記を経由し、右宅地三〇坪を騙取し(原判示第七の(二)の(2) の事実)た事実ならびに被告人平田久男に対する原判示第五の(二)の事実につき、原判示沢井久太郎の所有にかかる原判示宅地一五〇坪および原野合計五反八畝三歩について、原判示偽造の委任状二通などの文書を、原判示法務局出張所係員に対し一括提出して行使し、土地登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、同日同所に備え付けさせて行使し、もつて右土地を騙取した旨の事実を、それぞれ認定判示しているが、不動産売渡証書などを偽造行使して、登記官吏を欺き、自己または他人に所有権移転の登記をさせても、登記官吏は不動産を処分する権限を有しないから、詐欺罪は成立せず、したがつて、原判決の右各事実には、法令の解釈適用を誤つた違法があるという旨の主張に帰する。

そこで、所論にもとづき、被告人浅野忠雄に対する原判示第七の(二)の(1) 、(2) の事実、被告人平田久男に対する原判示第五の(二)の事実についてばかりでなく、なお、職権により被告人斎藤富三男、同高見沢昭に対する原判示第五の(二)の事実についても審按する。詐欺罪における騙取とは、欺罔手段により被欺罔者を錯誤におとしいれ、その錯誤にもとづく処分行為によつて、財物の占有を取得することをいい、右処分行為は、財物の占有者において、はじめてなし得るものであるから、処分権限のない者の行為を通じて占有を取得しても騙取とはいえない。すなわち、偽造の不動産売渡証書などにより欺罔された登記官吏が不動産の所有権移転の登記をなしたとしても、登記官吏はその不動産を処分する権限を有しないから、それだけでは詐欺罪は成立しない。そして、原判決が、判示第五の(二)の事実につき認定判示するところによれば、被告人斎藤富三男、同平田久男、同高見沢昭は、沢井久太郎から同人所有の原判示宅地一五〇坪および原野合計五反七畝三歩を担保に金一〇万円の融通方を申し込まれたのを奇貨として、右土地を騙取することを共謀したうえ、右被告人平田久男において、右沢井に対し、原判示の欺罔手段を用いて、同人を誤信させ、同人から原判示右土地の登記済権利証などの文書を交付させ、これらの文書を原判示司法書士に交付し、同司法書士をして、原判示右沢井名義の登記申請委任状などを作成させて偽造し、右被告人高見沢昭が右偽造の各文書を必要関係書類とともに、原判示地方法務局出張所係員に対し、真正に作成された文書のごとく装い一括提出して行使し、右出張所登記官吏をして土地登記簿の原本に、その旨不実の記載をさせ、同所に備え付けさせて行使し、もつて前記土地を騙取したというのであり、また、判示第七の(二)の(1) 、(2) の事実につき認定判示するところによれば、被告人浅野忠雄は、ほか一名と共謀のうえ、原判示北川英男に対し、その亡父英三郎の所有であつた原判示宅地二筆計一五八坪を、他に転売などして利得しようと企て、右北川英男に対し、原判示のような欺罔する言辞を申し向け、同人をその旨誤信させ、同人から原判示同人名義の印鑑証明書などの文書を交付させ、原判示司法書士に対し右文書を交付し右二筆の宅地を、右北川英三郎の相続人英男名義に所有権保存登記手続をさせ、まず、原判示宅地一二八坪について、原判示北川英男浅野アキ名義の虚偽の委任状一通などを作成させて偽造し、右偽造の各文書を、右司法書士をして、その他の必要関係書類とともに原判示法務局係員に対し真正に作成された文書のごとく装い一括提出させて行使し、右法務局登記官吏をして、土地登記簿の原本に北川英男から被告人浅野忠雄の妻浅野アキに対する所有権移転登記即ち不実の記載をさせ、同法務局に備え付けさせて行使し、もつて前記宅地一二八坪を騙取し、ついで、前記北川英男名義に所有権保存登記をして入手した登記済権利証などをもちい、原判示宅地三〇坪を、原判示李允王に対し、同人から借用していた金三〇〇万円の債務の代物弁済として右土地の所有権を譲渡する旨の意思表示をなし、これらを右李允王に交付提供し、同人をして、原判示司法書士に対し前記北川英男の登記済権利証一通などを交付せしめ、右司法書士をして、前記代物弁済による所有権移転登記をする前提として、原判示のような北川英男から右浅野アキに対する売買による所有権移転登記手続をさせ、浅野アキ名義に登記を経由し、もつて前記宅地三〇坪を騙取したというのである。してみると、本論旨の冒頭に説示したとおり、本件において、本件各土地の所有権移転登記は、右所有者らの意思にもとづかず、内容虚偽の登記申請委任状などによつて前記各登記官吏を欺いた結果なされたものにすぎず、右各登記官吏には同不動産を処分する権限も地位もないのであるから、前記被告人らの所為によつて、被告人らが、前記土地を騙取したものということはできない。そうだとすると、前記各土地に関する詐欺罪の成立を認めた原判決は、法令の解釈適用をあやまり、罪とならない事実について、右被告人らを有罪とした違法があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する各論旨は理由がある。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 飯田一郎 判事 吉川由己夫 判事 小川泉)

弁護人小林勝男の被告人浅野忠雄に対する控訴趣意第二点の二

二、判示第七(二)事実についての法令適用の誤り、

(一) 原判決は被告人らが、北川英男の土地(一二八坪と三〇坪二筆)を自己に領得する目的で「坪当り百万円で売買契約をすること」、「資金を出す人に見せる」ことを欺罔手段として誤信させ、北川の印鑑証明書・委任状等を交付させ、

(1)  宅地一二八坪につき北川名義に保存登記したうえ、北川より浅野アキ子に売渡した旨の登記に要する委任状・売渡証書等を偽造し、これを登記官吏に示して登記原簿に不実記載し、宅地一二八坪を騙取した。

(2)  宅地三〇坪につき、これを被告人らの債権者宮本こと李允生に代物弁済する意思表示をしたこと、同人を通じて「北川から浅野アキ子に売渡した」旨の所有権移転登記を為し宅地三〇坪を騙取した。

ことを判示する。

(二) そうすると仮に右具体的事実があつたとしても、次に述べるような原判決自体に法令違反が存する。

即ち、

1、判示第五(三)(1) ・(2) 事実の法令違反に関して記述したところと同様に(この趣意書第二、一、(二)2参照)詐欺罪の要件たる「処分行為による財物取得」の事実があるか否かということが、本件に於ても問題とされなければならない。

先ず原判決の第七の(二)の(1) の宅地一二八坪について、その判示するところによると、被告人らが北川から交付を受けたのは印鑑証明書・委任状に過ぎず、その上で文書を偽造し登記官吏の手により宅地について不実記載の登記をしたというのであつて、北川に於ける「宅地を処分した」と認められる行為は何ら存在しない。登記も亦偽造文書による申請行為によるものだというのであつてみれば、被害者の「処分行為」はなく、登記自体が本来無効な筈である。判例によると「初めより所有権移転の意思表示なく又は所有権移転の登記ありたるとするも、所有者の意思に基かず単に偽造文書に依て登記官吏を欺き其の登記を為さしめたる場合は詐欺罪の要件を欠如する」(大審院大正12・11・12、刑集二巻七八四頁)とせられているのである。

加之、宅地一二八坪について被告人らに占有が移転したとみるべき事情も存在しない。してみれば原判決が、宅地一二八坪を騙取したと認定判示したのは、刑法第二四六条一項の解釈適用の誤りを犯した為に外ならない。又宅地に関する財物罪としては、罪とならないものを有罪とした違法がある。

2、次に判示(2) の宅地三〇坪についても右1、に述べたところと同様な誤りがある。

被告人が、同宅地を債権者に対する代物弁済する為、浅野アキ子名義に移転登記したというのであり、原判決は右登記によつて宅地騙取の既遂を認めている訳である。

然しこれとても第七(二)判示全文からすれば、登記に無効原因が存することゝなるのであり、又北川による所有権移転の意思表示もないと断定されなければならないことは、右一二八坪の宅地に関する問題と全く同様である。

従つてこの点に於ても原判決は、詐欺罪の法律適用を誤つている。

右1、2、は何れも判決に影響を及ぼす重大な誤りであること明らかである。

弁護人小林勝男の被告人平田久男に対する控訴趣意第二点の一

第二点、原判決の法令解釈適用の誤り、

一、事実に関する法令違反

(一) 原判決は判示第五(二)の罪となるべき事実として、被告人に対し判示手段によつて沢井太郎より宅地・原野を騙取したとし、詐欺罪(刑法第二四六条第一項)を認定判示されたのである。

1、然しこの事実の認定に誤りのあることは先に主張した通りであるが、仮に譲つて判示の経過事情を認めるとしても物件の詐欺罪とすることは、刑法第二四六条第一項の解釈適用に誤りがある。

即ち詐欺罪(一項詐欺)の構成要件は、欺罔による財物騙取ということであり、騙取とは相手方の錯誤による処分行為により財物の交付を受けることである。

本件で相被告人高見沢名義に本登記(宅地)、仮登記(原野)がなされてはいるが、その登記原因は、原判決によれば偽造文書による登記申請行為に基くものである。而も右文書は偽造という以上、所有者沢井の意思に反するものであることが前提とせられている訳である。

してみれば、本件では沢井に於ける「処分行為」なるものは何ら存しないのみならず、そのなされた登記自体無効であり不動産を取得したものとすることも出来ない。

2、右の法理は既に判例上確定せられており、大審院判決は「不動産の騙取を目的とする詐欺罪に在ては其の不正領得を目的とする者が人を欺罔して所有権移転の意思表示を為さしむる場合に於ても尚現実に不動産の占有の移転又はその所有権移転の登記ありたる時を以て完成するものとす。而して其の不動産登記は当事者の申請に依るか又は嘱託若は職権に基きて為されたるものにして之に依て形式上他人を排斥し自由に該不動産を処分し得べき状態におかるるものなることを要す。故に初より所有権移転の意思表示なく又は所有権移転の登記ありたるとするも所有者の意思に基かず単に偽造文書に依て登記官吏を欺き其の登記を為さしめたる場合に在ては詐欺罪の要件を欠如する」(大審大正12・11・12、刑集二巻七八四頁)。-その他大審大正6・11・5抄録七二巻九四八六頁、大正11・12・15連合部判決、集一巻七六三頁参照-仍つて、原判決は刑法の同法条の解釈適用を誤り、本来詐欺取財罪に該当しない事実を以て同罪を認定したのであるから、右違法は判決に影響を及ぼすべきこと明らかである。

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